直近インタビューまとめ(5) | 私、BABYMETALの味方です。

私、BABYMETALの味方です。

アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ
本日1月16日は、過去BABYMETAL関連で大きなイベントのなかった日DEATH。

<2021年1月15日現在>
PCR検査数    累計5,718,894    2020年12月15日4,105,648    直近1か月1,61,246
陽性判定数    累計309,214    2020年12月15日181,870    直近1か月127,344
死者数        累計4,315    2020年12月15日2,643        直近1か月1,672
致死率        累計1.40%    2020年12月15日1.45%        直近1か月1.31%
(データ元:厚労省「新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料」)

直近1か月の死者数/陽性判定者数は、また0.03ポイント下がり、1.31%となった。PCRの主流となっている民間検査会社が、どれほど、発症しない微量なRNAを増殖させて「陽性判定者」≒「感染者」を量産しているかがよくわかる。
先日、東京都で、陽性判定が出たが、熱が下がったため自宅療養していた80代の高齢者が、再度病状が悪化して、入院先が決まらないまま亡くなったという事例を取り上げ、マスコミが大騒ぎしていた。
昨年6月、厚労省は「新型コロナ陽性判定者が亡くなった場合、死因は問わず、新型コロナ死とする」という、世界中を「新型コロナ死者」であふれさせている米CDCの誤った死亡基準を採用し、全国の自治体に通達した。
例えば、がんの末期症状の方が、たまたまPCR検査で陽性判定が出て、その後亡くなったら、「武漢ウイルスによる死」にされてしまうのだ。
報道されたケースでは、風邪様の症状がいったん治まったため自宅療養となったのだから、仮にこの最初の症状が武漢ウイルスによるものだとしても、二度目の発熱および本当の死因は、武漢ウイルスによるものではなく、土着風邪コロナウイルス、インフルエンザあるいは細菌性肺炎(肺炎球菌など)、ないし日本で3番目に多い高齢者の死因である「老衰」だったという可能性もある。
本当の問題は、こうしたケースでも「陽性判定者」ということがネックになって、「受け入れる病院がない」ということである。もし、この方が「陽性判定者」でさえなければ、二度目の高熱が出た段階で、普通の病院に入れたはずなのだ。
これが、高いCT値で陽性判定することの犯罪性である。2類指定延長反対。ストップ民間PCR。

『ROCKIN’ON JAPAN』2021年2月号付録「BABYMETAL 10年読本」レビューの続き。
P.16のソニスフィア出演への評価あたりから、古河晋は「すごい」を連発し始める。

―引用―
古河:だから、ふたつの意味ですごいと思う。まず、そこにちゃんと向き合うBABYMETALの真剣さ、誠実さはすごいと思うし、あとはそれを受け止める体力というか、力ですね。歌の力も、ダンスの力も、あとは単純に生き物としてのエネルギーがないと、みんながメタルの本気でぶつけてくるものを打ち返せないと思うけど、やっていましたよね、この時期。
SU-METAL:そこは、すごく思っていたわけじゃないかもしれません。ライブをしていくうちに、自然と身についていったっていうか。
古河:じゃあ、そういうふうに変わっていく自分たちを、自覚する余裕もなかったかもしれないけど、客観的には見れなかった?
SU-METAL:余裕は全然ないですね。海外のライブは全部YouTubeにあがるんですよ。だから絶っ対に昨日よりもよくなきゃいけないっていう…まあ、そんなこと、誰ひとり言っていないんですけど、私たちのライブは最新が最強であるっていうのは、自分に課していますね。自然とそうなっていきました。
古河:そういう状況にさらされながら、ここまでライブを続けてきた人っていないかもしれない。でもそこは応えようと思うし、応えられるのもすごいですね。
SU-METAL:うーん。その環境で育ってきちゃいましたからね。
古河:海外っていう、決して安心できる状況じゃないところでそれを繰り返すのは過酷だと思うけれど、乗り越えられたんですね。
MOAMETAL:うん、目の前の目標を乗り越えていって、気がついたらできていたって感じですね。今思い起こせば、すっごい変化した時期だとは思うんですけど、当時はそうは思わなかった。ちょっと成長したかな、ぐらいでした。
(同書、P.16)
―引用終わり―

ぼくらメイトにとっては常識だが、BABYMETALは、鹿鳴館~サマソニ~Legend “I,D,Z”~五月革命~国内ロックフェス~Legend “1997”~日本武道館2デイズ~ソニスフィア~世界10か国ツアー~Reading & Leeds フェス~Wembley Arena~東京ドームと、ライブごとに少しずつ高くなっていくハードルを、着実かつ誠実に乗り越えていくことを通じて、現在の高みにまで上り詰めたのだ。
「最新が最強」という言葉は『PMC Vol.18』でも語られている。

―引用―
MOAMETAL「不思議だよね。私たちは曲数も多くないし、セトリもそんなに変わるわけじゃないじゃないですか。なのに、こんなに愛してくれる人たちがいることに、正直、私たち自身もびっくりしていて。だけど私たちはいつも「最新が最強」って言い張っていて…。」
SU-METAL「言い張っていて(笑)」
(『PMCVol.18』P.12-14)
―引用終わり―

第71回NHK紅白歌合戦初出場の意気込みを訊かれて、二人は口々に「メタルの力でみんなを勇気づけたい」と言った。
現在の日本で、ここまで「メタル=ロックの力」にこだわっているメジャー・バンドがあるだろうか。
本来ならば、「ロックであること」にこだわる『ROCKIN’ON JAPAN』と響き合うはずだ。 
だが、プロパーの「ロック評論家」は、BABYMETALを未だに「アイドル出身」という色眼鏡で見る。
それは前回書いたように、「アイドルなんてまともに論評すべき対象じゃない」という思い込みと、客観的に見て、日本ロック史上最も世界的に活躍しているBABYMETALのメンバーもまた、「アイドル」に過ぎず、「大人たちにやらされてる」と思い込みたいという二重の過ちに由来する。
だが、このインタビューが明らかにしているのは、二人は小中学生だった頃から、自らの音楽性やパフォーマンスに自覚的な表現者としてアイデンティティを確立したのだということである。
だからこそ、どんなに状況が変わっても、「最新が最強」と「言い張る」。
それこそ、BABYMETALをBABYMETALたらしめている熱情、またの名をロック魂がなせる業なのだと思う。


2016年4月2日のウェンブリーアリーナ公演についても、古河晋は「ウェンブリーはゴールのような感覚?ここもまた何かのはじまりに感じた?」と質問している。
確かに、今『Live at Wembley』の映像作品を見ても感動的だ。だが、ぼくらメイトは直後のインタビューでよく知っているように、舞台を捌けた後、YUIMETALとMOAMETALは、「あれもできなかった、これもできなかった」という思いから、悔しくて泣いたのである。
順番は逆になるが、そのことをこのインタビューでも二人はこう語っている。

―引用―
SU-METAL:ウェンブリーアリーナ公演が終わったあとに、MOAMETALとYUIMETALが抱き合って泣いていたんです。ここまで来れたね、頑張ったねって感じなんだろうなって、私もスタッフさんも思っていたんですけど、本当は「悔しい!」っていうことだったという。それは私もわからなくて、一緒にステージに立っているはずなのに、「えっ、そっち!?」って。(P.16下段、後略)
MOAMETAL:ウェンブリーアリーナ公演は、自分のできなかったことに気づいたというか、終わった瞬間に、あれもこれもできなかったっていうのが次々と出てきて。この頃から、いろんなことを反省するようになったかもしれないです。BABYMETALとしては通過点だけど、私にとっては、いいターニングポイントになっているかもしれないですね。(P.16中段~下段)
―引用終わり―

つまり、この頃になると、MOAMETALの中には、観客にも、プロデューサーのKOBAMETALにも、SU-METALにもわからないほどレベルの高い自己評価ポイントがあって、それが達成できないライブだと、悔しくて泣いてしまうというパフォーマーとしての「格率」(カント)が生まれていたのだ。
このレベルとは、次のようなものだ。

―引用―
SU-METAL:私たちの目標って、東京ドームをやるとかじゃなく、最初の頃にふざけて言っていたのは、「世界征服したい」「BABYMETALというジャンルを作りたい」だったので、歴史に名を残したいと。
MOAMETAL:教科書とかね。
SU-METAL:教科書に載りたいとか言ってたんですよ(笑)
MOAMETAL:調子のってたよね。
SU-METAL:そう。でも「もしかしたら」って思えてしまうというか、ちょっと現実っぽくなってきた感じもして。
MOAMETAL:たしかに。
SU-METAL:東京ドームの頃に、自分たちが「あれ?世界で知られはじめているぞ?BABYMETALってジャンルが認識されはじめているぞ?」ってことを実感してしまって。それまで本当にふざけて言っていた夢物語が、ちょっとリアルになったっていうか。
MOAMETAL:たしかに。
SU-METAL:まだまだだけどね(笑)。
(同書、P.20)
―引用終わり―

こうしたパフォーマーとしての成長にともなって、SU-とMOAの関係性は大きく変わってくる。
コルセット祭り@目黒鹿鳴館(2012年)の頃は、

―引用―
SU-METAL:MOAMETALは本当に小っちゃかったので、面倒を見なきゃいけないって思っていました(笑)(中略)
MOAMETAL:今思うと、最初はものすごく仲がよかったわけではないんですよね。ちょっと年上の、歌がうまいお姉ちゃんっていうか。…その時点では、家族っていう感じではなく、知り合いのお姉さんみたいな感覚でした。今とは全然違いますね。
(同書、P.11)
―引用終わり―

と言っていたが、ウェンブリー公演後には、

―引用―
SU-METAL:あと、3人の関係性としては、子どもの頃の2歳差って結構大きかったんですけど、少しずつ年齢差が埋まってきていて。それまでは私がふたりを引っ張らなきゃ、ふたりを守らなきゃって思っていたのが、このぐらいの時期から、それこそアウェイな場所のライブにいきなり3人で立たされるので、自分を信じるしかないというか、自分たちを信じるしかない。団結力が高まったのか、アイコンタクトだけでお互いが何を考えているのか、なんとなくわかるようになっていくんです。ライブ中も、少しずつだけど頼れるようになってきたし、しっかりしてきたなって思っていましたね。
(同書、P.17)
―引用終わり―

となり、現在は、

―引用―
SU-METAL:この関係性を説明するのが本当に難しくて。数年前まで妹みたいだなって思っていたんですけど、もうパートナーなんですよね(笑)。変な意味じゃなくて。MOAMETALは、私が持っていないものを全部持っているし、性格もたぶん対照的だと思うんです。それをお互いに知っている。自分ができないこと、相手ができることを知っているから、そこは任せきっています。
MOAMETAL:私は家事やって、SU-METALは働いて、みたいな(笑)。役割分担がしっかりしている、家族、ですね。いつからこうなったのか、思い返すと正直わからないですけど、いて当たり前の存在だし。コロナの時期で、全然会えなくても、全然寂しさもなく。ほんとに家族なんだなって、この時期に改めて気づきましたね。
(同書、P.23)
―引用終わり―

となっている。
こうした関係性の変化、二人の絆の深まりは、もちろん2017年12月~2018年10月のYUIMETAL欠場~脱退に至る過程で起こったものであるが、これについては、「Distortion」誕生秘話も含めて、本誌を読んでいただきたいし、他のインタビューでも触れているので割愛する。


そのあと、古河晋は二人にこんな質問をぶつける。

―引用―
古河:ROCKIN’ON JAPANって精神性を語る媒体だと思うんですよね。かつては勝手にBABYMETALをJAPANでどう扱うか難しいと思っていたんですけど、お話を聞いていると、これほど精神性を語るに相応しいグループはいない感じがします。
SU-METAL:私たちって、ほんとにライブでの経験がすごいことになっていて。ライブの本数がたくさんある方はいらっしゃると思うんですが、私たちは1本1本で学ぶことが―それこそライブをやる国も違うので、温度も、湿度も、床の感じも、お客さんの反応も音も全部違う1本1本のライブの経験によってメンタルが強くなっている自信はあります。こんなに毎日はじめましてでライブしている人、いないんじゃないかな。
MOAMETAL:うん。
古河:こんなに真剣に強くライブと音楽を生きている人たちがいるんだろうか、と、改めて思う10年インタビューでした。(後略)
(同書、P.24)
―引用終わり―

こうしてインタビューは、古河晋が巻頭言に書いた「BABYMETALは、この国を代表するロックアスリートだ」という結論に至る。
楽器を演奏しないBABYMETALは、バンド形式ではなく、自分たちで曲を作っているわけでもないから、ともすれば「ロックではない」という色眼鏡で見られてしまう。
だが、MIKIKO師による振り付けは、演奏よりもはるかに身体を酷使する表現行為である。
そもそも、精神性は身体性と切り離すことができない。
ロックスターの多くが、薬物中毒やアルコール中毒に陥りながら、音楽活動を続けてきた。ステージで演奏するしか生きるすべがないからである。
そんな自らの身を削った生き様を精神性というなら、灼熱の野外ステージで、極寒の北欧で、酸素の薄い高地で、アウェイなポップフェスで、この10年間、「最新が最強」というモットーを自らに課しつつ、過酷なライブをやり切って来たBABYMETALもまた、ライブ・ステージでしか生の充実を感じられない、まさしく、身を削った生き様=ロックの精神性を体現する存在だといえる。
最後に、いよいよ3日後に迫った日本武道館公演についての二人の発言を紹介しよう。

―引用―
SU-METAL:ライブでいろんな経験をしてきたって話をしましたけど、私は、武道館の公演がその最初になったんじゃないかなって思うんです。当時は楽しむ余裕なんて全然なかったけど、無事に走り切ることができて。それを終えて海外に行った。だから武道館ってみなさんにお見送りしてもらった、私にとってはある意味空港みたいな場所だと思っているんですよ。そんな武道館に帰って来たと思ったら、10公演やるという挑戦をしているっていう(笑)。やっぱりBABYMETALってチャレンジし続けるんだなって。(後略、同書P.24中段)
MOAMETAL:(前略)…そして武道館に関しては、まずコロナで、予定していたアジアツアーとかがなくなってしまって、本当に先が見えない状況だったんですよね。だから、すごく、苦しかったし。武道館10公演を発表できたことが、本当に幸せだと思います。やっぱり先はまだ見えないし、開催できるかどうかはキツネの神様しか知らないけれど、この発表自体が何か少しでも希望の光になればいいと思うし、開催できた時にはやっとみなさんに会えるので、今からワクワクしてしょうがないです。無事に開催できて、みんなで同じ時間を共有したいと思うので、それまではとにかく元気でいてほしいっていうのが、私の願いです。
(同書、P.24下段)
―引用終わり―

「緊急事態宣言」の中、日本武道館でメタルのライブをやる。
2021年、BABYMETALは、新たな伝説になる。
(この項、終わり)