BABYMETALの哲学(18) | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ
本日11月13日は、過去BABYMETAL関連で大きなイベントのなかった日DEATH。

欧米人がBABYMETALを「未来の音楽」と感じるのは、ハイテクによって経済発展した日本を近未来社会であるとする「テクノオリエンタリズム」がベースになっている。
欧米人が日本を含むアジアやアフリカを、自分たちとは異なる別世界として魅力的に感じる偏見を、「オリエンタリズム」と名づけたのはE.W.サイードだが、デヴィッド・モーレイとケヴィン・ロビンスは、欧米人から見た日本は、高度経済成長を経て「フジヤマ、サムライ、スシ、ゲイシャ」の古典的オリエンタリズムから「SONY、自動車、ロボットアニメ」を表象とする「テクノオリエンタリズム」に変容したと論じた。
その音楽的表現形態こそ、1979年~1981年の短い活動期間に世界的な人気を得たYMOだった。


だが、2010年代以降、欧米人にとって「テクノオリエンタリズム」の体現者は、日本ではなく、中国であると目されてきた。
かつて、日本は自動車、電化製品などの分野で、製品の堅牢さや精密さにおいて欧米諸国をしのぐクオリティを高く評価され、それが高度経済成長の原動力となり、かつ「テクノオリエンタリズム」のイメージの源泉となった。
しかし、アメリカとの貿易摩擦や人件費の高騰などによって、1980年代後半から、日本企業が生産拠点を海外に移す動きが強まった。その中で最大の移転先になったのが中国だった。
もちろん、日本だけでなく、アメリカ、ドイツ、フランスなどの欧米企業も人件費の安い中国に工場を移した。その結果、2000年代前半には、中国は「世界の下請け工場」となり、日本はGDPにおいて中国の後塵を拝するようになった。
特にここ数年では、ファーウェイ(華為)をはじめとする中国製の情報通信機器や、Alipay、We Chat Payといった人民元をドルペッグするオンライン決済サービス、TikTokなどの中国製SNSが日本を含む西側諸国でも生活に浸透し、中国ブランドが安価なハイテク製品の供給元となり、「テクノオリエンタリズム」の視線で見られるようになった一方、日本ブランドのハイテク製品は、「高級品」になっている。
日本人ほどアジアの地理や歴史を知らない大多数の欧米人消費者にとって、日本と中国と韓国の違いは、ブランドのクオリティと製品価格の差でしかない。
だが、実はここに至る1980年代後半から2000年代までの間、政治的には欧米の自由主義諸国と中国共産党政権との間には緊張関係があった。
1989年6月4日、東欧革命の勃発に呼応して、中国でも天安門事件が起こった。
毛沢東の死後、教条主義的な文化大革命を指導した妻の江青ら「四人組」を処刑し、西側諸国の企業に門戸を開放する社会主義市場経済を主導したのは鄧小平だが、この時は民主化を求める学生・市民を、人民解放軍を天安門広場に突入させて虐殺した。この暴挙は世界に衝撃を与え、西側諸国は中国への経済制裁を発動した。
「ベルリンの壁」が崩れ、東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア、ブルガリア、バルト三国など東欧の社会主義諸国が次々と自由化され、ついに1991年にソ連が崩壊したことで、社会主義への幻想は崩れた。ところが中国共産党だけは強権を発動することで、政権を強化した。
そして、西側諸国の中国への経済制裁を緩和させる先陣を切ったのは、外ならぬわが国だった。
天安門事件から3年半後の1992年10月23日、中国政府の招きに応じて、平成天皇(現:上皇陛下)が歴代天皇として初めて中国を公式訪問された。当時の中国政府外交部長(外務大臣)銭其琛は、回顧録で「天皇訪中は天安門事件での西側諸国の対中制裁の突破口だった」と述べている。
当時の日本の首相は自民党の宮澤喜一。官房長官は加藤紘一だったが12月には河野洋平に交代。翌年の1993年には、総選挙の自民大敗を受けて、新生党を率いた小沢一郎と日本新党の細川護熙らによる非自民連立政権が誕生するという時代だった。
「日本の天皇が訪中したのだから、制裁はもう緩和していい」という世界的な「雪解けムード」が生まれ、中国は天安門事件による西側諸国の経済制裁を乗り切り、その結果、前述したように2000年代にはGDPで日本を抜く経済成長を成し遂げることになった。
ソ連と共倒れどころか、社会主義国唯一の大国となった中国は、GDP世界第2位の経済力で、2010年代以降、軍事的にも強大化し、公海である南シナ海に海軍基地を作り、今やわが尖閣諸島を始め、フィリピン、ベトナム、インド、ブータンなどで国境紛争を起こしている。
国内では、巨大なイントラネットであるグレート・ファイアウォールを構築し、国民がインターネットに接続するのを遮断して情報統制を敷き、数億個の監視カメラとAIで国民を常時監視し、宗教団体である法輪功を弾圧し、学習者の臓器を生きたまま摘出して売買している。
自治区とは名ばかりのチベット、新疆ウイグル、内モンゴルでは民族文化を根絶やしにし、香港では、50年間の一国二制度という国際社会との約束を破って民主化を求める市民を弾圧し、国家安全維持法で逆らう者は外国人でも拘禁する体制を整えた。


ところが、欧米人の多くは、前述したように、つい最近こうしたことが問題になるまで、日本と中国を区別できなかった。
前述した政治的経緯はよく知られているので、ここでは、サブカルチャー的な考察をしてみよう。
ぼくの考えでは、欧米人が「テクノオリエンタリズム」の視点から日本と中国を区別できなかったのは、日本人自らが、サブカルチャーにおいて「日本と中国は同じようなものである」という対欧米メッセージを発し続けたためである。
「テクノオリエンタリズム」の代表ともいえるYMOの2ndアルバム『SOLID STATE SURVIVOR』(1979年)のジャケット写真は、赤い人民服を着たYMOの三人とロボットがマージャン卓を囲んでいる写真だった。アーティストにとっては洒落の効いた「ファッション」のつもりだったろうが、人民服とロボットとテクノミュージックの組み合わせは、まさに「テクノオリエンタリズム」としての近未来=日本≒共産中国のイメージを表現するものだった。


Billboard 200に6枚のアルバムがチャートインしているシンセサイザー奏者喜多郎の出世作は、『NHK特集シルクロード』(1980年)のサウンドトラックであり、1981年には『敦煌』というアルバムも出している。ここはまさに、現在民族浄化が行われている新彊ウイグル自治区そのものである。
念のため言っておくと、喜多郎のオリジナル1stアルバムは1978年の『天界』であり、1990年には『古事記』というアルバムも出しているから、意図的に中国を礼賛していたわけではない。
とはいえ、Billboard 200に名を遺すほどの、日本を代表するテクノグループとシンセサイザー奏者が、タッチの違いこそあれ、中国をモチーフにしていたのだから、アジアの地理や歴史に無頓着な欧米の音楽ファンが、「テクノオリエンタリズム」としての日本と中国を混同してもおかしくない。
当時の日本の知識人は、WGIPを引きずった中国への贖罪意識を持ち、漠然とした「中国四千年への憧れ」を持っていた。
1972年に、かつて日本の領土だった台湾を切り捨て、日中国交「正常化」して以来、1970年代~80年代の日本では、動物園のパンダや中国物産展がブームだった。アーティストにとって人民服はファッションであり、シルクロードは幻想的な憧れの大地だった。


しかも、少なくともソ連崩壊まで、日本社会党や日本共産党が、社会主義や共産主義は「革新」的な優れた政治体制であるというポジティブなイメージを拡散しており、政権発足後すぐに独立国だったチベットを軍事制圧し、権力維持のために情報を統制し、国民の政治的自由を抑圧する共産党政権の全体主義性や、文化大革命の非人道的暴虐は、マスメディアではほとんど報じられなかった。
中国をモチーフにしたアーティストたちも、中国共産党政権が「悪いもの」だとは、夢にも思わなかっただろう。
だからこそ、今もなお、日本には「親中派保守」なる政治家も存在するのである。よく考えれば、共産主義を容認する保守政治家など言語矛盾なのだが。
ソ連崩壊後に、元KGBの幹部だったワシリー・ミトロヒンによってイギリスのMI6に提供された『ミトロヒン文書』によれば、1970年代の日本では、政界、大手新聞社などに数十人の工作員がいて、諜報活動を行っていたことが判明している。ソ連がやるのだから、中共だってやっていただろう。
要するに、当時のマスメディアや政治家の中に工作員がいて、日本国民の中国共産党政権に対する警戒心を緩めさせ、中国へのシンパシーを高めさせようと情報操作していたのだ。ぼくら日本人は、この50年間、中国共産党の巧みな宣伝戦の掌の上で転がされていたということになる。
なお、「ファッションとして」赤い人民服を着たYMOの欧米向けプロモーションには、2016年にBABYMETALを「マガイモノ」「日本の恥」と言い、現在まで撤回していないピーター・バラカンが関わっていたことも申し添えておく。
彼があそこまでBABYMETALを非難した理由は、こうした文脈からも説明できるのではないか。
ともあれ、2010年代以降、欧米人の「テクノオリエンタリズム」の視線を中国に奪われた日本にとって、2020年2月の汎ヨーロッパツアーで「日出づる国」から来たBABYMETALが「メタルの未来」として新しい音楽を提示した意義はきわめて大きい。
2014年の欧米進出以来、BABYMETALが「K-POPとは違う」ことは、欧米の音楽ファンの間で広く知られてきた。そして2020年、タイ、インド、南米、東欧などの民族音楽や日本のバブル期の音楽とメタルを融合し、見事に「新しいメタル」を表現したBABYMETALの音楽は「テクノオリエンタリズム」の面でも「中国とは違う」ことを鮮明に打ち出した。
「FUTURE METAL」がテクノなのは、40年前に人民服を着たYMOが欧米人に植え付けた日本≒共産アジアというイメージを上書きするためではないか。


折しも2020年は、武漢ウイルスと戦狼外交によって、比較的中国に甘かったヨーロッパ諸国の人々にも、中国共産党の危険性が広く知られるようになってきた。
ハイテクは人間を自由にするものであって、人間を抑圧する道具であってはならない。
「テクノオリエンタリズム」の憧れの国が、自由な理想郷=アルカディアではなく、個人を監視・抑圧する全体主義国家であるなら、まさに悪夢だ。
本当の日本は、全体主義国家でも、近未来社会でもない。
総じて清潔好きで、他人を思いやり、伝統に敬意を払い、ズルやウソを嫌い、法律を守り、決まったことには従い、仕事を与えられれば他人が見ていないところでも自己犠牲を惜しまない勤勉な国民性。それだけだが、世界の人々には「驚異的」らしい。
だが、少なくとも人民服を着たYMOが40年前に誤って欧米人に植え付けたテクノオリエンタリズム=日本≒共産中国という固定観念に、2020年のBABYMETALが楔を打ち込んだ意義は、サブカルチャー的にも、政治的にも非常に大きかったといえる。
(つづく)