ギターとアジア(5) | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ
本日1月22日は、2017年、Guns N’ RosesのSupport Actとして、神戸・ワールド記念ホールに出演した日DEATH。

3月からのMetal Galaxy Tourアジア・ラウンドの最初の訪問地、タイは、経済的な繁栄と政治的な緊張が同居する国である。
1990年代に、インドネシア、フィリピンなどにギターの生産拠点が移ったのに対して、タイやマレーシアでは大規模なギター生産工場が作られなかった。
それは、当時、タイやマレーシアはすでに経済成長が進み、人件費のメリットが少なかったためと思われる。
1988年の一人当たりGDPは、フィリピンが643ドル、インドネシアは481ドルだったが、タイは1,123ドル、シンガポールに近いマレーシアは2,071ドルに達していた。
とりわけタイは、1980年代後半~1990年代初頭、経済成長率が8%~10%となっており、高度経済成長の真っただ中だった。
日本と同じく、国王が国民統合の中心でありながら、民主政治体制をとる立憲君主制のタイ王国には、1970年代から自動車関連をはじめとする多くの日本企業が進出していた。
だが、生産規模が小さく、手作業の工程が多い楽器メーカーは、タイ、マレーシアではなく、インドネシア、フィリピンを選んだ。
ちなみに2018年の一人当たりGDPは、マレーシアが11,072ドル、タイが7,187ドル、フィリピンが3,104ドル、インドネシアが3,927ドルとなっている。
一人当たりGDPは、国民の平均年間所得に近いので、その国や地域に住む人の購買力を示す指標だと思う。
ちなみに日本は1988年当時25,065ドルで世界第2位だったが、2018年は39,303ドルで、世界26位である。アジアでは、マカオ(81,728ドル)、シンガポール(64,578ドル)、香港(48,450ドル)より低い。バブル期は夢みたいだったなあという国民の実感は正しいのだ。
同じ時期に高度経済成長を成し遂げたタイに、1997年、ヘッジファンドがバーツ空売り攻勢をかけたことを機にアジア通貨危機が起こるが、IMFや日本の二国間40億ドル支援などによって立ち直ったタイ経済はその後も成長を続けた。
しかし、2006年にタクシン首相に対する軍事クーデターが起こり、それ以降、タクシン元首相派(赤シャツ)と反タクシン派(黄シャツ)の武装デモやクーデターが繰り返され、現在もなお対立が続いている。
2014年、軍事クーデターで、陸軍のプラユット将軍が権力を掌握し、議会を廃止し軍政を敷いた。プラユットは国王の支持を得て、第37代首相に就任し、2017年には新国王ラーマ10世の権限が強化された新憲法が発布された。


軍政下のタイでは、反政府運動を封じるため報道の自由は大幅に制限されている。BBC、NHK、CNNといった海外の放送やケーブルテレビは一般家庭では見られず、インターネット、SNSの検閲、バンコク市内での無期限の夜間外出禁止令が敷かれている。
日本の外務省は、タイ渡航者に注意喚起情報を出し、混乱に巻き込まれるのを防ぐため、赤と黄色の衣服は着用しないよう呼びかけている。まあ、黒いベビTを着ていれば大丈夫だけどね。
こうした状況なのにというべきか、だからこそというべきか、タイの大衆音楽は盛んである。
しっとりと聴かせるバラードや、オルタナティブ・ロックのバンドもあるが、多くは4つ打ちのダンサブルな楽曲であり、中でもヒップホップ、ラップは専門のテレビ番組があるほど人気である。
BNK48のPun(パン)が出場した「THE RAPPER」という番組で、“タイ・ラップの帝王”として審査員長を務め、来日時には秋葉原のAKB劇場前のスナップショットをTwitterにアップしていたのが、F.HEROだった。
彼は、KOBAMETALから「PAPAYA!!」のラップのオファーを受けた時、タイの伝統音楽モーラム(หมอลำ)スタイルで、パパイヤのサラダを作るみたいな感じではどうかと提案したとインタビューで語っている。
モーラムは、もともとタイ北部~ラオスに住むラオ族の音楽で、男女の恋愛感情から社会批判まで、シンガーがラオ語やイーサーン語の早口で歌うラップのようなスタイルだったが、1980年代の高度経済成長期に、北部イーサーン地方出身者が増えて、ギターやキーボードを用い、タイ語で歌う大衆音楽になっていった。
F.HERO自身、タイ最北部のチェンラーイ出身で、アメリカのストリートというより、モーラムの伝統を踏まえたラッパー/俳優/プロデューサーであり、民衆の怒りを軽妙に代弁する「社会派」として尊敬されていた。
BABYMETALとコラボすることを公表したとき、ツイッターでファンに叩かれたというが、それは「社会派」としてなのか、BNK48ファンからの抗議だったのかは定かではない。


F.HERO自身が英訳した「PAPAYA!!」のラップ部分は、冒頭、「ラップラップ、モーラムモーラム、ロックロック」で始まり、「人生はチョコレートボックスのようだ Papaya-Pok-Pokのように混ぜてすり潰せ、ノックノックノックもがいてる、幸福と悲しみで、人生を叩け、パパイヤは激しく叩く必要がある」といった内容らしい。
Papaya-Pok-Pokとは、東南アジア全域で食べられている、めちゃめちゃ酸っぱい未熟パパイヤをスライスしたサラダのことで、韻を踏みながらBABYMETALらしく、人生に立ち向かえ!という歌詞に仕上がっている。
あのラップにも、タイの社会状況や音楽状況が反映されているのだ。
タイには、BABYMETALと同じく、インターネットのMVを通じて世界的な人気になった三人組のガールズバンドもいる。バンコクを拠点に、センチメンタルなオルタナティブ・ロックの楽曲表現をするJelly Rocketである。
リードシンガーのパン・ナファン・アンフーチ(1993年生まれ)、キーボード担当で作曲を担当するPhak-Naphak Nithiphatkorn(1992年生まれ)、ギター担当のMo-Chutikan Issara Seriの三人組で、2013年ごろに知り合い、2014年に最初の楽曲「How Long」をリリースした。
この曲は英語で歌われたこともあって、YouTubeのOfficial Audioは505万回の視聴件数を獲得し、2015年のライブMVは29万回、2015年にアップされた「Forgotten」MVは1449万回の視聴件数となった。
これは、タイ人のインディーズアーティストとしては空前の視聴回数で、彼女たちがリリースする楽曲は商品CMやドラマのテーマ曲に採用された。2016年の「This is Real」MVは59万回、2017年の「Not Enough」MVは44万回といった再生件数となっており、2018年4月に、それまでの楽曲をまとめたアルバム『Lucid Dream』をリリースした。


2016年には来日しているので、日本にもファンベースがあると思うのだが、ぼくはベビメタのバンコク公演に関連した情報を漁るまで知らなかった。
政治的緊張があり、報道や表現が統制されてはいても、民主主義政体をとるタイでは、多様な音楽が活きているということだ。
BABYMETALのMetal Galaxy Tourアジア・ラウンドは、3月27日タイ・バンコク@GMM LIVE HOUSE、3月28日マレーシア・クアラルンプール@KL Live、3月29日@インドネシア・ジャカルタ@Basket Hall Senayan、4月3日台湾・台北@NTU Sports Center 1F、5月16日フィリピン PULP SUMMER SLAM@マニラSM Mall of Asiaという日程だが、地理的には、台湾→フィリピン→インドネシア→マレーシア→タイと東南アジアをぐるりと一周して西へ向かうコースになっている。このコースをさらに西へとたどっていくと、タイ→ミャンマー→バングラデシュ→インド→パキスタン→イランに至る。
これで、ギターの歴史は世界をぐるりと一周することになるのだ。
古代ペルシア(イラン)に発祥したフレット付きの弦楽器が、ルネサンス期のイタリアに渡ってリュートとなり、ドイツ、イギリスを経て、スペインでボディの両脇がくぼんだスパニッシュギターになり、それがアメリカに渡ってスチール弦化し、エレクトリック化された。
エレキギターやエフェクターの生産拠点は1970年代後半に日本に移り、それが1980年代に韓国や台湾へ、1990年代以降は、中国、インドネシア、マレーシア、フィリピンに広がった。
『Metal Galaxy』の多様性を象徴する「PAPAYA!!」や「Shanti Shanti Shanti」がタイ、インドを志向しているのは、メタル音楽のメイン楽器であるギターという楽器が、数百年の旅を経て、故郷へ帰還しようとする意思を持っているからかもしれない。
それは、かつて中東から日本に渡ってきた秦氏の祖霊神、キツネ様のお導きである。

メタルを通じて、西欧とアジアをつなぎ、世界を一つにする…。それこそBABYMETALに課せられた使命だからである。
もちろん、本稿でたびたび触れたように、状況はそう単純ではない。
アジアには、「神」や「主義」を権力の源泉とする少数の絶対的権力者が、大多数の国民の意思や権利を蹂躙する国がいくつもある。
だが、ブルースの発祥がそうだったように、いくら虐げられても、そこに人がいれば自然に沸き起こるのが音楽というものだ。人間の脳には、メロディーや和音に感情を想起する「普遍音楽文法」というべき回路が組み込まれており、歌ったり踊ったりせずにはいられない本能がある。独裁政権はいつか倒れるが、音楽は死なない。
そんな思いにとらわれつつ、BABYMETALの壮大な旅をサポートしていきたい。
週末はいよいよ、その旅のプロローグ、幕張2DAYSだ。
(本稿終わり)