何じゃこりゃ!?の逆襲(2) | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ
本日11月8日は、2012年、YouTubeにBABYMETAL Official Channel オープン。
2014年、ロンドン追加公演(02アカデミーブリクストン、ROR初披露)が行われた日DEATH。

12月20日に行われたLegend “D”は、15歳になったSU-METALの聖誕祭でもあった。
そこで、4曲目にSU-が生まれた1997年にTOYS FACTORYからリリースされたSPEEDの「White Love」が、「Angel of Death Ver.」=メタル編曲で演奏されたのだ。
シンセサイザーによる前奏のあと、スポットライトを浴びるSU-が「♪果てしないこの空の彼方へ私を連れて行ってその手を離さないでね」と歌うと、そこからイントロが始まり、SU-は裏拍のところで右手の拳を突き上げるので、観客も裏拍で「(ん)オイ!(ん)オイ!…」と合いの手を入れた。
裏拍とは、「ヘドバンヘドバン」のうち、「バン」に強拍が入ることをいう。メタルではこちらが普通だ。
表拍とはその逆で、ユーロビートの「ドンツクドンツクドンツクドンツク」の「ドン」に強拍が入る。「ヘドバンヘドバン」でいえば「ヘド」に強拍が入ることになり、メタル的には違和感がある。
SPEEDによる原曲は、BPM=111くらい、「ツクツクチャカツク、ツクツクチャカツク」という16ビート裏拍=R&Bのリズムだが、SU-の歌う「Angel of Death Ver.」では、BPM=138と速くなり、終始裏拍でバスドラが入るが、その上に「ドンドンドドスコ、スコスコドドスコ」というようなシンコペーションのオカズが入りまくる。
Bメロの「♪uhもっとちゃんとずっとつかまえていて」のところは、裏強拍が入るタイミングが2倍の長さになるブレイクダウン風になり、よりメタルっぽくなる。
また、原曲でイントロのメロディを奏でるのはブラスセクションだが、「Angel of Death Ver.」ではシンセサイザーがその役割を果たし、「♪果てしない…」のサビではバックにちょっとアウトな感じのメタルギターのフレーズが入る。
要するに、都会的なR&Bの楽曲を、メタル風=BABYMETAL流に演奏するとどうなるかという実験をやっているのだ。
5曲目は、SU-がメンバーだった可憐Girl’sの「Over The Future」が、「Rising Force Ver.」としてやはりメタル編曲で演奏され、可憐Girl’sに憧れていたYUIとMOAが1番を歌い、2番から「ご本人登場!」という感じでSU-が登場する演出がなされた。


これはもっとわかりやすく、BPMはほぼ同じだが、可憐Girl’sバージョンが16ビート表拍=「ドンツクドンツクドンツクドンツク」なのに対して、「Rising Force Ver.」は、8ビート裏拍=「ズンチャンズズチャンズンチャンズズチャン」(メタル楽曲でいう2ビート)のリズムになっていた。
原曲でもディストーション&アーミングのギターがフィーチャーされていたが、「Rising Force Ver.」では2番が終わると、シュレッドギターのソロ、スラップベースソロが演奏され、メタル楽曲としての色合いをさらに強めていた。
だが、続く「ヘドバンギャー!!」は、「Night of 15 mix」とされ、「ドンツッドンツッドンツッドンツッ」という表拍のEDM/ジャングル風の編曲になっていた。
原曲にはなかった「レ・レ・ファソファレ」というシンセサイザーのリフが加えられ、インダストリアルな雰囲気を醸し出す。
SU-のボーカル、YUI&MOAのスクリームにはオートチューンがかけられ、サンプリングによって「ヘドバンヘドバン」と「バンバンババン」が切り貼りされていた。
「頭!頭!頭!」の部分はカットされ、曲終盤はDm→Emに1音転調する。
バンドを追いかけるバンギャをテーマにした「15の夜」が、渋谷のクラブで踊り狂うJKの歌になっていた。
「White Love」も「Over the Future」も、原曲は16ビートのダンサブルな楽曲である。それを、Legend “D”では、8ビート裏拍&ディストーションギターのリフといったメタル楽曲に編曲してみせた。
一方、「ヘドバンギャー!!」はBABYMETALの原曲を、EDM/ジャングル風に編曲して披露した。
初めてこのライブをDVDで見た時、ぼくは、まだあまりメタルに馴染みのない「父兄」のみなさんに、メタルらしさとは何かを「教育」しているのではないかと思った。当時のライブには赤=SU-(紅月-アカツキ-)、黄=YUI(ミニパティ)、緑=MOA(ミニパティ)のサイリウムを振る観客が大勢いたのだ。
しかし、『METAL GALAXCY』を聴いた今、そうではないことがわかった。
メタル風であろうと、シティポップ風であろうと、EDM風であろうと、BABYMETALが演奏し、歌い、踊る以上、それはBABYMETALの音楽なのだ。
確かにあの時点では、「アイドル」としてのBABYMETALがメタルを前面に押し出すことは、他の「アイドル」との差別化に大いに役立った。
キャッチーなメロディとダンサブルな16ビート楽曲が「アイドル」の標準だが、ハードロックのリフやソロは定番だし、フュージョン、シティポップ、70年代フォーク風、ビートルズ風、R&B、ヒップホップなど、「戦国時代」のアイドルはなんでもありだった。
しかし、デスメタルをモチーフにした「アイドル」はさすがにいなかった。
もし、2012年の時点でメタル要素を強調せず、16ビートの曲や、シティポップ風、ヒップホップ風の曲を均等に並べていたら、「BABYMETALらしさ」は生まれなかっただろう。
その後、神バンドの生演奏やロックフェスへの出演で、BABYMETALはメタルジャンルのアーティストとして認知され、海外進出に至った。
だから、ぼくはメタルこそBABYMETALの本質だと思い、今は「なんでもあり」のニューメタルだが、大人になればプログレメタルやシンフォニックメタル的な方向に進むのだろうと思っていた。
だが、BABYMETALの楽曲は、最初からアイドルソング、16ビート、ヒップホップなど様々な音楽を、「メタルと融合すること」こそ「BABYMETALらしさ」の本質だったのだ。
Legend “D”で次に演奏された「おねだり大作戦」も、アイドル性の塊であるYUI & MOAをBLACK BABYMETALと位置づけ、アイドルの暗部を揶揄したラップメタルである。
その次の「ド・キ・ド・キ☆モーニング」も、Kawaiiアイドルソングにパンテラ風のリフを接ぎ木して「メタル」にした。
次の「いいね!」も、イントロはユーロビート/パラパラ風だし、YUI&MOAの「♩それ!あたしのおやつ!! ちょちょちょ!フラゲしないでよ!!」はラップだし、ブレイクダウンの「♩アタマユラセメガネハズセ…ギュウギュウパンパン詰めすぎリュックはすぐさまオロセYo!Yo!Yo!」も、もろにラップである。だが、「フラゲしないでよ!!」のあとにはグロウル「オマエノモノハオレノモノ」が入るし、「Yo!Yo!Yo!」のあとの「Put your KITSUNE up!」「きつねだお!」から、ブレイクダウンの「♩メロイックじゃないキツネさんメロイックじゃないキツネだ」のグロウルと不気味なホラー/デスメタル風の童謡「コガネムシ」が始まるので、メタル楽曲であることが強く印象づけられる。
曲中にキャッチーでダンサブル/ヒップな要素があったとしても、特徴的なメタル要素の方がより目立つし、何せBABYMETALと名乗っているから、ファンは「メタルこそBABYMETALらしさ」だと思い込んだのだ。
Legend ”D”は、本格的なメロスピの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」でいったん終わり、Encoreで正調メタル編曲の「ヘドバンギャー!!」が演奏され、最後には「翼をください -炎 ver.-」で終わる。


これだって、原曲は70年代フォークの代表、赤い鳥の名曲だ。
メタル編曲ではなく、ごく普通の編曲で、YUIとMOAが立ち上がってコーラスに加わるあたりは、文化祭の演劇部みたいだ。
だがマイクを置き、階段を昇って行ったSU-は、白い十字架に磔にされ、パイロの炎で火あぶりにされる。これがLegend “D”のラストシーンであり、次回Legend “Z”につながる「メタルレジスタンス」物語の一幕だった。70年代フォークでさえ、メタルと結びついているわけだ。
BABYMETALは「〇〇みたいな音楽をやりたい!」と思って結成されたバンドではないので、もとから「何でもあり」だった。
だが、メタルを名乗る以上、違うジャンルの音楽を並列的にやるのではなく、メタル要素を加え、「新しいメタル」として訴求するというのが、「メタルレジスタンス」の本当の意味だったのではないか。
そう考えれば、SU-の「そもそもメタルっていう音楽に対するレジスタンスをずっとやってきたわけじゃないですか。」(『ヘドバンVol.24』P.22下段13行目)、「元々は既存のメタルにレジスタンスする存在として始まったものだった」(『Young Guitar 2019年11月号』P.16中段40行目)という言葉も、既存のメタル音楽の先入観をぶち壊して、「新しいメタル」を創るという意味だったのだと理解できる。
そのBABYMETAL的「新しいメタル」が明確な形となったのが、翌2013年の6月30日に行われたLegend “1999”と12月21日に行われたLegend”1997“だった。
(つづく)