コイサンマンの真実 | 私、BABYMETALの味方です。

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★今日のベビメタ

本日11月10日は、2012年、初海外公演となるAnime Festival Asia Singapore 2012に出演した日DEATH。

 

例題:

アフリカのカラハリ砂漠に住むクン族は、ブッシュマン、コイサン族とも呼ばれる狩猟採集民族で、人口は約1500人である。1950年代から現地で研究を始めた文化人類学者たちが、殺人事件を目撃することは一度もなく、原住民への聞き取り調査の結果、殺人事件が起こったのは49年間で合計22件に過ぎなかった。

クン族について書かれた『The Harmless People(非暴力的な人々)』という本もある。

豊かな現代社会では、新聞に殺人事件が載らない日はない。それに比べて、決して豊かではないクン族は平和な社会と思われる。

このことについて、下のヒントを参考に、あなたの考えを80字以内で述べなさい。

 

ヒント:

アメリカでは昨年1年間だけで1万5000件もの殺人事件が起こっている。人口10万人当たり1年に何件殺人事件が起きたかを示す「世界の殺人発生率ランキング」によると、アメリカは4.88件/10万人/年で、205か国中84位、49年分にすると239.12件となる。

日本は0.31件/10万人/年で、205か国中197位、49年分にすると15.19件である。

 

典型的な誤答例:

クン族の社会は豊かではないが、銃がないため殺人事件が起こらず、人々は幸せに暮らしているように思う。本当の豊かさとは何かをもう一度考えてみるべきではないか。(77字)

 

正解例:

アメリカと同じ10万人/年当たりに単位を揃えると、クン族は約30件。アメリカの約6倍の頻度で殺人事件が起こっている。クン族社会が平和だというのは誤りである。(78字)

 

解説:

ジャレド・ダイヤモンド『昨日までの世界 下巻』(日経ビジネス文庫)第8章より出題。

ヒントがなくてもわからなくてはいけないが、数字が羅列されているヒントの胡散臭さに気づけるかどうかがポイント。

クン族の人口は1500人で49年間の殺人事件は22件。

アメリカでは1年間に1万5000件の殺人事件が起こっているというが、アメリカの人口は3億2000万人以上である。

両者を比較するには単位を揃える必要がある。単位が違うのに、同じ49年間分で比較するのは決定的な間違いである。

「世界の殺人発生率ランキング」に揃えて、10万人/年当たりに換算してみると、クン族は(10万÷1500)×22件÷49年=29.93件。

アメリカの4.88件/10万人/年の約6倍の頻度で殺人事件が起こっていることになる。

まして、日本の0.31件/10万人/年と比べれば、約100倍。

49年間に22件ということは、約27か月に1件で、文化人類学者が現地に1年間滞在したとしても、殺人事件に出会う確率は低い。目撃できないのは当然である。

また、クン族の社会には確かに銃がないが、アメリカの6倍の頻度で殺人事件が起こるということは、銃が殺人事件の起こる主要因ではないことをも示している。

1950年代に出版された『Harmless People』(Elizabeth Marshall Thomas、未邦訳)という本は実在するが、当時の先入観あるいは筆者の主観で書かれており、クン族の社会が平和でのどかだと結論づけるのは大間違いである。

 

誤答が導き出される理由の考察:

単位を揃えるというのは、小学校の算数や理科で教わる、科学的思考の第一歩だが、多くの人文系・社会系の学者やジャーナリストはこの基本が身についていない。

フィールドワークや現地取材で得られるのは、あくまでも「材料」であり、正しく分析しないと間違った結論になってしまう。

未開の社会は平等で平和だったという幻想は、フランスの思想家ルソーの「自然に帰れ」や、マルクスの僚友エンゲルスの「原始共産制」の概念などによって流布され、文化人の「教養」「常識」みたいになっている。

それを知らなくても、マスコミが垂れ流す「現代文明は多くの問題を抱えている」「資本主義社会は間違っている」「アメリカは銃社会で危険だ」といった先入観を植え付けられていると、「銃を持たないナイーヴな少数民族の方が平和で幸せなはずだ」といった思い込みに陥ってしまう。

さらに問題文中には、「豊かな現代社会」「決して豊かではないクン族」といった対比や、『Harmless People非暴力的な人々』という本などの言葉があるため、容易に一定の結論に誘導されてしまうのだ。

問いに対して、よく考えずに誤答例のようなことを書いてしまった生徒は、すでにこのような先入観を刷り込まれ、安易に誘導に引っかかってしまう弱点を持っていると考えるべきである。もし、教師なのにこのようなことを書いてしまう者がいたら、自分の生き方、考え方そのものを猛省すべきだ。

 

応用:

「世界の殺人発生率ランキング」は、10万人/年当たりという共通単位で205か国の順位を発表している。

https://www.globalnote.jp/post-1697.html

クン族より殺人発生率が高いのは、205か国中12か国だった。

このうち、第1位エルサルバドル(108.63件)、第2位ホンジュラス(63.75件)、第3位ベネズエラ(57.15件)、第4位米領ヴァージン諸島(52.83件)、第5位ジャマイカ(43.22件)など10か国が中南米の国、残り2か国はアフリカの国である。

銃社会といわれるアメリカ(4.88件)よりもロシア(11.31件)の方が多いが、フランス(1.58件)、イギリス(0.92件)、ドイツ(0.85件)、イタリア(0.78件)など、先進国の殺人発生率は総じて低い。

アジア諸国では、フィリピン(9.84件)、イラク(8.59件)、パキスタン(7.81件)、モンゴル(7.23件)、ラオス(6.87件)、アフガニスタン(6.55件)、北朝鮮(4.41件)、イラン(4.12件)、タイ(3.51件)、インド(3.21件)、ミャンマー(2.42件)、カンボジア(1.84件)、ベトナム(1.52件)、台湾(0.82件)、韓国(0.74件)、中国(0.74件)、日本(0.31件)、香港(0.30件)、シンガポール(0.25件)といった順位になっている。

このデータから読み取れることは、殺人発生率は、国の貧しさと相関関係があるのではないかということだ。

クン族の殺人事件の原因は、数少ない「財産」である妻や備蓄食料を巡っての争いと復讐の連鎖によるものだった。アジアで最も殺人発生率の高いフィリピンでは、金品を強奪する過程での殺人が多い。

一般的に、人々の暮らしが豊かになって、文化水準が上がれば、追い詰められた状況で争い合う機会は少なくなり、殺人事件も減ってくる。

中央集権国家による統治、法の下の平等、産業や経済の発達、教育機会の保証などの結果、もたらされた「豊かな近代社会」は正しいのであって、「未開社会の方が平和で幸せだ」と思い込むのは間違いなのである。

なぜなら、人類は、豊かで平和な暮らしと社会を求めて、歴史を積み重ねてきたのだから。その先人たちの苦闘の積み重ねの上に、ぼくらは暮らしているのだから。

ラスベガスの野外ライブや、テキサス州の日曜日の教会で起こった銃乱射事件は、一度に大量の殺人を行える銃社会の危うさを世界中に見せつけた。

日本でも障がい者施設での大量殺人事件、座間の自殺ほう助殺人事件が報じられ、ぼくらにショックを与えた。

だが、これを「現代社会の閉塞感」とか「ネット社会の病理」とか言いたてて、大騒ぎすべきではない。

まして、これを例題のような先入観と結びつけて「平和な未開社会の方がいい」と思い込むのは決定的に間違いである。

クン族は、灼熱の砂漠で、日々食料と水を求めて必死で生きており、貴重な備蓄食料や妻を巡って、必要とあらば、身内と毒矢で戦わねばならないのである。そんな暮らしがホントにいいのか。

アメリカ3億2000万人、日本1億2000万人といった多くの人口をもつ国であれば、異常心理に陥った、たった一人の犯罪者によって、こうした事件は起こりうる。先進国には、蓋然性として起こりうるリスクなのだ。

テロでもなく、金品を巡っての殺人でもないところが、まさにそのことを証明している。

アメリカの犯人は自殺し、日本の犯人は逮捕された。

問題は、こういうリスクをどう最少化するかである。

犯人の成育歴や交友関係を分析し、「危険の兆候」を社会的に共有して、未然に防止する方策を立てることも必要だろうし、ネット上の「パトロール」も必要かもしれない。

だが、それをもってしても、100%こうした異常心理状態の犯罪を防ぐことはできないだろうし、監視社会になるのも嫌だ。

となれば、リスク管理=その被害に遭わないように自分で防御するしかない。

その方法のひとつは、人類が1万1000年間生き延びてきた方法、今でも未開の部族が生き延びるために日々実践している方法である。

すなわち、周囲のわずかな変化を用心深く見抜き、警戒を怠らないこと。少しでも危険だと思ったらその場からただちに逃げること。常日ごろから友だちとおしゃべりをし、年長者から経験談を聴き、情報交換しておくこと。未知の場所に行くときは、大勢でワイワイしゃべったり、歌ったり、うるさく音をたてたりして、危険な動物が近寄らないようにすることだ。

自宅の部屋でネットサーフィンをしているだけでは、何も危険なことはない。

ネットで得た胡散臭い情報を信じて怪しい場所に行ったり、見知らぬ人と1対1で会ったりすることが危険=リスクなのだ。

だから、未開人と同じように、日ごろから友だちと情報交換し、年長者のアドバイスを聴き、危険な場所には近寄らないこと。行動する時はボッチじゃなくて、みんなで行動するようにすれば、現代社会に起こりうる危険のほとんどに対応できる。アジア人が先進国の観光地へ来て、グループでうるさくしているのは、実は未開部族と同じで、本能的に、未知の場所で危険人物が近寄るのを避けようとしているのである。賢い。静かで、単独行動を好む日本人は、カモられ易い。

だから、ボッチ参加したBABYMETALのライブでも、勇気を出して周りの人に話しかけ、ドンドン友だちを作ろうね。(^^♪

もうひとつ、現代ならではの危険と、その避け方がある。

それがネットリテラシー、いやそれ以前の文字通りの文章リテラシーである。

ネットリテラシーとは、「人を傷つける発言はやめましょう」といったマナーの類ではない。

ネットだけでなく、「例題」にあげたような、新聞、雑誌、書籍など、活字で書かれた文章の裏を読み、正誤を判断する読解力こそ、現代の危険から子どもたちの身を守るサバイバル術なのである。