保存版ベビメタ名言集(1) | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ

本日8月29日は、2015年、Reading Festival 2015@Richfield Avenueに出演し、2017年には、5大キツネ祭り in JAPAN 銀キツネ祭り@大阪/ Zepp Osaka Baysideが行われる日DEATH。

 

いよいよ本日、仕事終わりに大阪へ旅立ち、明日は白キツネ祭りに参加します。例によってお稲荷さんと赤いキツネをキツネ様に捧げ、会社へ出発。Sin-METALさん、よろしくお願いいたします。

本日の銀キツネ祭りの様子は、のちほどアップいたします。

それまでは、後世に残すべきBABYMETALのメンバー、バンド、スタッフ、有名人、ミュージシャンたちの名言集でお楽しみください。

 

<2010年~2013年>

 

●YUIMETAL「生まれ変わったら人魚か妖精になりたいです」(2010年8月)

2010年春、8人で発足したさくら学院だが、8月のTIF2010のステージ上、水野由結と菊地最愛が“転入”、10人体制となった。当時二人は小学校5年生で、アイドルという世を忍ぶ仮の姿のアンダーカバー修行中。自己紹介で水野由結は、「チャームポイントはぷにぷにほっぺとふわふわの髪の毛です。」と述べ、冒頭の発言となった。

 

●MOAMETAL「大きくなったらスーパーMOAちゃんになりたいです」(2010年8月)

同じく2010年8月のTIF2010のステージ上での発言。

水野由結がファンタジーなら、ちゃおガール出身者の菊地最愛はコミック/アニメの「きらりんれぼるーしょん」の主人公月島きらりに憧れ、“スーパーアイドル”を目指していた。なお、生まれ変わったらという条件では「透明人間になって、さくら学院のみんなにイタズラしたいです」と述べ、笑いをとる才能の片りんも見せていた。

 

●BABYMETAL「わあ、キツネさんだー。」(2010年10月?)

さくら学院重音部結成時、KOBAMETALがメタルの象徴、メロイック・サインを教えたところ、三人は「影絵のキツネさん」だと思って手遊びを始めた。これが、BABYMETALに初めてキツネ様が降臨した瞬間である。

 

●SU-METAL「部員もあっと驚くくらいかわゆいですよ。」(2010年11月26日)

2010年度さくら学院祭を控えて、学院日誌「クラブ活動の秘密情報★☆」に書いたもの。当時、重音部の部員は未発表だったが、文章の中にMOAとYUIが隠されている。

 

●山里亮太「優勝!」(2011年3月2日)

南海キャンディーズが司会する月刊Melodix「アイドル下剋上」(テレビ東京)に、さくら学院、私立恵比寿中学、中野腐女シスターズ/腐男塾が出演。BABYMETALはテレビで初めて「ド・キ・ド・キ☆モーニング」を披露した。

「胸キュンセリフ対決」では、水野由結と廣田あいかが対決。セリフを言う前に、「あの…カメラ目線でいいですか♡」とたずねた水野由結のあまりの可愛さに、思わず出たのが冒頭の言葉である。傘を忘れた男子に一言という設定で、水野由結が「濡れちゃうよ。一緒に入ろ♡」と言うと、AKB48、ももクロとアイドルオタクで知られた山里が、「おれ、もうこの収録終わったくらいに仏門に入っちゃおうかなあ」としみじみ述べた。

 

●MOAMETAL「あ!コアラ3匹分に!」(2012年3月)

「月刊Melodix」2回目「さくら学院ここを直せばもっと成長できる」に出演した際、菊地最愛が「最近成長したなと実感した出来事」を「今まで体重がコアラ2匹分だったんですよ、でも…あ!コアラ3匹分に!」と報告。

アンケートで「何もないところでよく転んじゃう」と書いた菊地最愛に、山里亮太が「よく転んじゃうの?」と聞くと、「わかるでしょ?」と一言。山里は「…ハイッ」とうなずいた後、「おれ、なんで人の転んじゃう事情をわかる人になってるの?」と自問。MOAMETALの小悪魔的人心収攬能力が発動した瞬間である。

 

●SU-METAL「きっと今の光景の方が信じられないと思う日が来ると思います。それまでもうこれ以上悲しいことがおこらないように祈っています」(2011年4月1日)

東日本大震災が起こったとき、さくら学院のメンバーはそれぞれ自宅待機となり、生徒会長武藤彩未から順番で公式ブログ「学院日誌」にコメントを寄せた。広島にいた中元すず香の番は4月1日だった。広島出身の彼女は、原爆投下で焼け野原になった光景が想像できないくらい、人々の努力で復興したという歴史を踏まえて、被災地の希望を語った。そして、小学生の頃からためていた1円玉貯金を全額寄付した。

 

●YUIMETAL「一人でも多くの人に元気になってもらえるようにさくら学院みんなでこれからも頑張っていきたいと思います。」(2011年4月4日)

水野由結は、被災後の計画停電や水、トイレットペーパーの不足という事態を見て、「今まで当たり前にあった物が今回のことですごく大切なんだなって思いました。」と書いた。そして、自分の出来ることを頑張らなくちゃと思い、アイドルという仕事で、一人でも多くの人に元気と笑顔を届けることを自分に誓ったようだ。

 

●MOAMETAL「1人では、これくらいの事しか出来ないけどさくら学院のみんなで、歌ではげませれたら良いなって思います。」(2011年4月6日)

菊池最愛は4月6日。涙もろい彼女らしく、悲しい思いをしている方たちを思って胸が苦しくて涙がこぼれると書いている。そして、一人でできる節電とか募金では限界があるので、YUI同様、アイドルという自分の役割に思い至り、歌で励ましたいという決意を述べた。当時SU-は中二、YUI、MOAは小6になる直前である。やはりこの三人のアイドルという仕事への使命感は図抜けていると言わざるを得ない。

 

●タモリ「自分の娘だったらどうしますか」(2011年11月25日)

「タモリ倶楽部」(テレ朝)2011年11月25日放映分は、「もしアイドルヲタクがタワーレコードの社長だったら」というタイトルで、タワーレコード社長嶺脇育夫氏をフィーチャーした回。嶺脇氏は、さくら学院初見がTIF2010の午後のステージという古参父兄。青田買いしているユニットとして、Negiccoとさくら学院を挙げ、中でもバトン部のMVで下手にちょこっと顔を出して手を振る当時小6の菊地最愛が可愛いと絶賛し、「タワレコの社長小6推してんだあ」と、ガダルカナルタカ、柳原可奈子らに笑われた。タモリは、冒頭の言葉を発したが、あの時の小6アイドルが、自分が司会するMステにも出た“世界のBABYMETAL“だと気づいているのだろうか?

ちなみに、嶺脇社長が出演した回の「空耳アワー」は、マリリン・モンローの「私の心はパパのもの」だった。

 

●SU-METAL「職人が力ずくで練ったうどん」(2012年1月?)

2011年度さくら学院学年末テストで、「きつねうどんはお揚げが入ったうどんですが、力うどんには何が入っているでしょう」という常識問題に、「長年の職人さんが情熱をこめて、こうやって…こいで、それが認められたから力うどんになった」と答え、大爆笑となった。SU-METALの世を忍ぶ仮の姿=ポンコツぶりが露呈した瞬間。

 

●嶺脇育夫「最愛ちゃんです」(2012年7月5日)

2012年7月5日、タワレコ渋谷店でのさくら学院トークショーの際、タワーレコード社長嶺脇育夫氏は、質問コーナーで、父兄から推しメンを聞かれ、最愛本人から「大丈夫、知ってるから」と言われながらも、しぶしぶ冒頭の“公開告白”をした。当日はバースデーサプライズが準備されており、最愛は感激して泣いてしまった。

 

●MOAMETAL「後ろの方でご飯を食べてる人がいた。」(2012年8月19日)

サマーソニック2012幕張に初出演したときのことを、のちにラジオインタビューで振り返った発言。史上最年少で出演したロックフェス、サマーソニックのステージは、フードコート脇の芸人が出るSide Show Messeという小さなアトラクションステージだった。

三人は終演後、Rainbow Stageに出たももいろクローバーZを見学。MOAは夏休みの思い出を書く宿題作文に「サマーソニックに出演しました」と書いて提出した。

 

●KOBAMETAL「既存のアイドルをマーケティングした結果にのっとって展開したところで、二番煎じにしかならない。それならば、イチかバチかという方向性を突き進む方が面白い。」(2012年10月31日)

Legend ”I”終了後、日経トレンディのインタビューに答えたもの。この時点では、中元すず香卒業後、BABYMETALが存続することさえ未確定で、ましてや世界的アーティストに成長することなど、誰にも予想できなかった。

“マーケティング”とか“エヴィデンス”とかのビジネス用語的くだらなさを拒否し、己のメタル魂に賭けたサラリーマンプロデューサーKOBAMETALの気概が感じられる発言である。

 

●SU-METAL「世界征服」(2013年1月4日)

「イジメ、ダメ、ゼッタイ」でのメジャーデビューキャンペーンで、日テレ「Happy Music」に出演したBABYMETALは、「今年の」抱負を聞かれ、書初めで書いた「世界征服」を掲げた。

もちろん、“神降臨”、“キツネサイン”という「設定」同様、メタルをやらされてる変なアイドルのギャグとしてしか受け取られなかったが、実はマジだった。

この年、中元すず香のさくら学院卒業後もBABYMETALは存続することが決まり、5月以降は神バンドを帯同して全国のロックフェスを席巻。圧巻はサマソニ2013幕張Rainbow Stageだった。そして9月のAFAインドネシア&11月のシンガポール、欧米で大ヒットした“ギミチョコ!!”MVが収録されたのは12月21日のLegend ”1997”@幕張メッセであり、さらに12月28日には初の海外単独ライブとなるLive in Singaporeを実施したのだ。

 

●SU-METAL「デロリアン」(2013年1月?)

2012年度さくら学院学年末テストで、「CD、DVD、BDなどのDは何という言葉の略称でしょうか。」という問いに、中元すず香は「デロリアン」と答え、またも大爆笑となった。

「Dって何だろうな、D、D、D…って考えていたら、デロリアンって言葉が入ってきちゃった」とのこと。デロリアンとは映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てくるスポーツカー型タイムマシンである。これによってやっぱりSU-は未来人では、という説も。以降、メイトはCDをCデロ、DVDをVデロ、BDを青デロと呼ぶようになった。

 

●MOAMETAL「卒業しないで…大好き!」(2013年3月31日)

2012年度さくら学院卒業式@東京国際フォーラムで、菊地最愛が中元すず香に言った言葉。2012年、BABYMETALはインディーズデビュー曲「ヘドバンギャー!!!」をリリース。TIF2012では、二代目生徒会長となった中元すず香は、集中力に欠けるメンバーを初めて強い言葉で叱った。目黒鹿鳴館でのコルセット祭り、Legnd ”I,D,Z”シリーズのライブ、初めての海外公演となったAFA Singaporeへの参加。さまざまな思い出とともに、中元すず香はさくら学院を卒業した。だがそれは、ここから始まるBABYMETALの長い道のりのスタートに過ぎなかった。

 

●YUIMETAL「着けないです」(2013年6月21日)

「メギツネ」リリースキャンペーンで、タカ&トシが司会のテレビ番組「Music Dragon」に出演したときの話。衣装の手首にスタッズ付きリストバンドをしていたYUIに、トシが「こんな危ないトゲトゲ、家では着けないでしょ」と聞くと、あっさり「着けないです」と答えた。また、同番組中、「ステージでは神が降臨するので記憶がないんです」と説明し、SU-、MOAもうなずいているところ、またトシが「YUIちゃんはあるんでしょ」と聞き、YUIはうっかり「あります」と答えてしまった。

メタル「設定」に突っ込んで笑いをとったものだが、ぼくらメイトは、そんな彼女たちの普段のキュートな“世を忍ぶ仮の姿”と、ステージ上で神が“降臨”したときのギャップにこそ、凄みを感じているのだ。

 

●MIKIKO「きっとすごい人になると思っていた」(2013年7月?)

MIKIKOは、SU-METALが在籍していたアクターズスクール広島(ASH)時代から、Perfumeの振付を担当し、アミューズの専属となって、さくら学院、BABYMETALの振付も担当するようになった。“五感に響く作品づくり”がモットーで、表現としての振付を追求する世界的コレオグラファー。

季刊メタル専門誌「ヘドバン」Vol.1が創刊されたとき、ダンサーとしてのSU-METALについて、「普通の人はリズムに合わせるが、SU-は音に合わせる。いい意味で外人っぽい。」と述べ、冒頭の言葉につなげた。

YUIMETALについては「もともとすごいダンスが得意で表現力が豊かな子」、MOAMETALについては「凄くアイドルらしい…表情や魅せ方がわかってる女優」と評するが、「ナチュラルに切り替わってしまうSU-METALの影響を受けて、見たこともないタイプに育った」と述べている。

インタビュー時点は、神バンドを帯同したロックフェス修行が始まったばかり。

BABYMETALの三人は、本当に“すごい人”になってしまった。

 

●梅沢直幸(ヘドバン編集長)「メタルと真っ向から向き合っている」(2013年7月)

2012年に出版業界から一時離れていた梅沢直幸は、Legendシリーズのライブを見て衝撃を受け、古巣のシンコーミュージックに企画書を提出。BABYMETALを機にメタルに興味を持つファン層を想定して創刊されたのが「ヘドバン」である。

創刊号の冒頭、BABYMETALを推す理由として、冒頭の言葉を掲げ、「極めて緻密な音作りがファンを感嘆させ魅了している」と述べた。

 

●SU-METAL「アウェーを楽しめるようになりました。」(2013年7月21日)

“5月革命”以降、神バンドを帯同して全国のロックフェスへ参加していったBABYMETAL。北海道いわみざわ公園で行われるJoin Aliveは、遊園地のような雰囲気があり、家族連れが多い。そこでのBABYMETALと白塗りの神バンドは、やや場違いの感があり、SU-は初めて“アウェー”を感じたという。

SU-はのちのインタビューで、「お客さんが楽しんでくれなかったのかなと思ったんですけど、あとでバンドの方に、十分に楽しんでいたよといわれて、そんなものかなと思いました」と述べ、「最初は前の方のお客さんしかやってなくても、最後は後ろの方のお客さんまでキツネサインをしてくれるように頑張ろうと思ったらアウェーを楽しめるようになりました。」と述べた。世界的歌姫の15歳8か月の発言である。

 

●紙芝居「リンキンパークはこっちじゃないぞ。」(2013年8月26日)

サマーソニック2013@幕張メッセRainbow Stageでの、冒頭の紙芝居。

当時、メインのMarine Stageは、ヘッドライナーがMETALLICA、2ndヘッドライナーが人気絶頂のミクスチャー・ロック・バンド、リンキンパークだった。

BABYMETALは、五月革命以降、METALLICAをお手本としたメタル修行を行い、その成果を世に問うのがサマーソニック、勝負のステージだった。1万人収容のRainbow Stageには、アイドルファン、メタルファンが入り乱れ、BABYMETALと神バンドの凄みにノックアウトされた。2017年、リンキンパークのボーカリスト、チェスター・ベニントンは自殺し、かつて立っていたMarine StageにはBABYMETALが立った。合掌。

 

●BOH「BABYMETALは確実に素晴らしい歴史を刻んでいる」(2013年10月21日)

サマソニ2013に続いて、BABYMETALはメタルフェスLoud Park 2013にも出演することとなった。だが、これに対しメタルファンから公式サイトに苦情コメントが殺到、「Burrn!」編集部もBABYMETAL=アイドルの出演を批判した。だが、「ヘドバン」編集長梅沢直幸、大村神らがネット上で応戦。アウェイな雰囲気の中ライブが始まった。当初、最前列しか盛り上がっていなかったのに、「BMD」「君アニ」「CMIYC」「メギツネ」とセトリが進むと、只者ではない演奏力とSU-の歌唱力、YUI、MOAの全力ダンスの迫力に、観客は圧倒されていく。圧巻は「紅月-アカツキ-」。前日の公式ツイッターでも「紅の炎に燃える」というコピーがあった。気合が入ったSU-の表情と絶唱に観客の心はわしづかみにされ、「ヘドバンギャー!!!」「イジメ、ダメ、ゼッタイ」という当時も今も最強のフィニッシュで、メタルファンをノックアウトした。

ブログには「ベビメタを観てください。そこには信念があります!!」という力強い言葉がある。いまだに、「どうでもいい」とか言っているヘイター諸君。これがすべてだ。

(つづく)